「ねえ、デルタ。この店、いまいちパッとしないわよね……」
「ネイさん、それ俺の店乗っ取っておいて言うセリフかよ……」
ソレイル内にあるレストラン【ネィアフランセ】は開店休業の様相を呈していた。
元々はデルタの店だったのだが、今はネイが店長となっている。
「デルタがやってた頃からパッとはしてなかったから今更じゃない?」
そして、デルタと一緒に来ていたキャスが告げる。
「いいんだよ! 知る人ぞ知る店ってことだろ?」
デルタの苦し紛れの言い訳に、女性陣は揃って溜め息をついた。
「知る人ぞ知るっていうか、そもそも客が来なかったじゃない」
「キャスの言う通り。客が来ないのは死活問題。これは早急になんとかすべき案件よ!」
ネイはそこから「うーん」と考え始めた。そして、カウンター内を三往復したところで、何かが閃いたようだった。
「そうよ! この店には看板メニューがないのよ! 強い売りがあれば評判が広まるはずだわ!」
「いや、うちにはチャーゼンっていう立派な看板メニューが……」
「でもあれ、看板メニューじゃなくて、唯一のメニューってだけじゃない。大して美味しくもなかったし」
「おいキャス!? お前、うちに来ては食べてただろ!?」
「アレしかメニューないのに、どうやって他のものを食べろっていうのよ!」
「まあまあ、キャス。落ち着きなさい。あたしのおかげでメニューが増えたとは言え、
やはり『ネィアフランセと言ったらこれ』っていう料理が無いのも事実。だけど、思いついたわ!」
ネイは一枚の紙の上に、サラサラとなにやらメモ書きをしていく。
「これが、この店を代表する新メニューよ!」
ネイが突きつけてきたメモは料理のレシピだった。一般的には調合レシピと呼ばれている。
特定の素材を組み合わせて様々なものを作るリストのことだ。
それは家電であったり料理であったり、はたまた兵装のたぐいであったり。今回はどうやら料理のようだ。
「あんたたちに新しい世界を見せてやるから、ちょっと待ってなさい!」
戸惑う二人を置いて、ネイはレシピ通りに調理を始めた。
「完成したわ。これが看板メニューとなるべく生まれた『爆薬ハンバーグ』よ!」
「あの、ネイさん。それを言うなら爆弾ハンバーグじゃ……?」
キャスは聞き間違いではないかと訊ねてみるが、どうやら爆薬ハンバーグで合っているらしい。
「爆弾ハンバーグなんて、ただ大きいだけの名称でしょ? でも、この爆薬ハンバーグは違うわ!」
「そうか、分かったぜ!」
「お。さっすがデルタ。察しがいいわね」
「あれだろ、爆薬みたいにきっつい辛さのハンバーグだろ!」
「……はぁ。だからあんたはパッとしないのよ」
「ちょっと待ってくれ! パッとしないのは店であって、オレじゃなかったはずだろ!?」
「デルタがパッとしないから店もパッとしなかったんでしょ」
「キャスはさっきからオレに何の恨みがあるんだよ!」
二人のいつも通りな漫才を見ながら、ネイはこほんと一つ咳払いをして注目を集める。
「これはね、その名の通り爆薬が隠し味として入っているのよ」
「客を殺す気かよ!」
「慌てない慌てない。そんな物騒な店がどこにあるのよ」
二人はネイを半眼で睨む。ここに誕生しようとしているではないか。
「爆薬の量は調整してあるわ。食べるとプチプチと弾けて面白い食感のはずよ」
「……はず?」
明らかに試食をしていない人間の言葉にデルタは嫌な汗をかく。得てしてそういう時のパターンは……。
「さ、デルタ。食べてみて」
「やっぱりか! 自信作ならネイさんが食べればいいだろ!」
「なに言ってんの。料理は客に食べさせてこそでしょ。店主が食べたらただのつまみ食いよ」
「本当の店主はオレなんだけどな……」
「大丈夫だって。あ、そうだ。作り置きもあるし、なんらなキャス、あんたも食べる?」
「遠慮しておくわ」
げんなりしながら断るキャス。
デルタは諦めてじいっとハンバーグを見つめる。
「ネイさんを信じるか。大丈夫だっていうし……」
「ささ、ドーンといっちゃって!」
ドーン!!
ネイの言葉と同時、キャスに差し出そうとした作り置きのハンバーグが突然爆発した。
「…………」
全員が沈黙する。
「ネイさん?」
デルタとキャスの声がハモった。
「あはは。さ、気を取り直して、召し上がれ?」
「取り直せるか! 爆発してるじゃねーか!」
「なによう。こっちは大丈夫よ、たぶん」
食べさせようとするネイと逃げるデルタ。それを見ていたキャスは……。
「じゃ、じゃあ私は客引きやってくるわ」
「あ! キャスが逃げた! 俺も今日は客引きしてくるぜ!」
「ちょっと、二人ともー! この料理はどうするのよ!」
外に飛び出していった二人に向かってネイがぷんぷんと言葉を投げる。
新メニュー開発に付き合っていたら体がいくつあっても足りない。これは少し店に来るのを控えた方がいいのかもしれないな、
とデルタは思った。
「俺の店のはず、なんだけどな……」
ネィアフランセの看板メニュー完成までは、まだまだ時間がかかりそうだった。
シェルノサージュ・アルノサージュのショートストーリーをご紹介致します!